2020年8月7日
STATの許可を得て転載。この記事は2020年7月23日に以下に投稿されたものである。
https://www.statnews.com/2020/07/23/using-a-global-network-of-adaptive-clinical-trials-to-fight-covid-19/
SARS-CoV-2のようなウイルスは、ヒトのネットワークを利用し、驚異的なスピードで世界中を一巡することができる。世界の医学研究界は、これに対抗できる防御ネットワークを持たなかったため、感染拡大を直ちに食い止めることができなかった。しかし、われわれは今、その防御ネットワークの構築を急速に進めている。アダプティブ臨床試験の導入が役立つであろう。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対し、誠心誠意行われた最初の試みは、1,000を超える臨床試験を立ち上げることであった。その多くは小規模な非対照試験であり、信頼性の高い情報が得られる可能性は低かった。これは、現在もワクチンや決定的な治療法が得られていない理由の一つである。
武田薬品 リサーチ&ディベロップメント プレジデント
アンドリュー・プランプ共著
それでも、研究者はいくつかの目覚ましい成果を上げている。12月下旬に初のCOVID-19症例が表面化してから1ヵ月を待たず、ある研究チームがウイルスの配列を解読した。その後、他の複数の研究チームがこのウイルスに結合する細胞タンパク質を同定し、オープンアクセスの学術誌でデータを公表し、ワクチンや抗ウイルス薬その他の治療薬に関する24以上の有望な第3相試験を開始した。
今後、研究ネットワークを拡大し、臨床試験デザインにおける重要なイノベーションを活用することで、さらなるマイルストーンが達成されるであろう。特にある進歩、すなわちアダプティブ・プラットフォーム臨床試験といわれる長期反復試験が研究者を後押ししている。アダプティブ臨床試験を用いることで、研究者らは、単一の共通対照群との比較により複数の介入を同時に検証し、試験の進行にしたがって治療法を追加・削除し、治療状況の変化にあわせて試験デザインを更新することができる。
これに対し、従来のそれぞれが独立した第3相試験では、それぞれの試験の対照群に患者を募集し、単一の仮説を検証しなければならない。これはサブセット解析やアダプテーションなどの手法のデザインにおいても、管理の行き届いたアダプティブ・プラットフォーム試験の柔軟な効率と生産性とはかけ離れた、過度な作業である。
アダプティブ臨床試験の取組みでは、すでに以下のような一連の価値の高い実用的な研究結果が得られている。
本稿を執筆しているあいだにも、他のアダプティブ・プラットフォーム試験が開始されている。われわれが参画する取組みであるCOVID R&D アライアンスではまもなく、英国のRECOVERY試験とカリフォルニア大学サンフランシスコ校発足のイニシアチブから発想を得た、I-SPY IIと呼ばれる大規模アダプティブ臨床試験プログラムに関する詳細を公表する。
I-SPY IIチームは最近、COVID R&Dアライアンスのメンバー数社が参加するCOVID-19の臨床試験に着手した。パンデミックを主な対象とするREMAP CAPと呼ばれる別のプログラムは、今回の不測のパンデミック発生前に考案され、15ヵ国の242施設で1,300人近くの患者さんを登録している。
想像してみて欲しい。このような取り組みが事前に計画的に実施されていたならば、回避不可能なパンデミックを予測して、世界に広がるアダプティブ・プラットフォームのエコシステムに結び付けられていたならば、今日のCOVID-19の状況はどのようになっていたであろうか。
そのような優れたプログラムが整備されていれば、世界のあらゆる地域の研究者らは知識やデータ、分析、資料その他のリソースを出し合い、暫定的に解読された情報やリアルワールドデータ、そして治療現場から得られた見識に基づいて試験群を追加・削除できるであろう。
アダプティブ・プラットフォーム試験は、新しいものではない。この手法は、COVID-19の襲来前からすでにオンコロジーその他の領域で精力的に取り入れられていた。アダプティブ・プラットフォーム試験は、米国食品医薬品局(FDA)で医薬品評価研究センター長官を長く務めたジャネット・ウッドストックと、ノースカロライナ大学チャペルヒル校公衆衛生学部のリサ・ラヴァンゲ教授が、2017年にNew England Journal of Medicine誌のあるレビュー記事で検証したマスタープロトコル試験の一部である。今年5月、COVID-19治療薬開発に関するFDAの最新ガイダンスにおいて、これら試験デザインの将来性が認められており、FDAはさらなる勧告を行う可能性が高い。
COVID R&D アライアンスは今回のパンデミックによる厳しい現状から立ち上げられたものであるため、その設立背景は他のどの取組みとも異なる。3月第2週に、アウトブレイクが3大陸に及ぶ中、アムジェン、アストラゼネカ、ブリストル・マイヤーズ スクイブ、グラクソ・スミスクライン、ジョンソン・エンド・ジョンソン、ノバルティス、武田薬品の各社研究責任者らが情報交換を開始した。その後まもなく、他の大手バイオ医薬品企業の研究責任者やバイオテクノロジーのエコシステムのリーダーらも参画した。
今回のパンデミックの規模の大きさ、共有する行動責任の重大さ、そして自由に使えるリソースの規模の大きさに衝撃を受け、基本ルールや行政上の形式的手続きを最低限に留めて情報交換を行った。COVID R&D アライアンスでは、ノバルティスなどのメンバーがすでに開始していた作業をもとに、直ちに化合物の抗ウイルス活性のスクリーニングを開始した。
その後2ヵ月間にわたり、治療薬候補の中央研究施設でのスクリーニング機構を整備し、独自のパイプラインの医薬品の評価のみでなく、治療現場から提示された医薬品の評価も開始した。
われわれは、データ共有手順の変更が必要であると気付いた。必要とされる最新の研究概要で、ClinicalTrials.govから入手できるものは、データ収集・解析から1年の遅れがある場合が多い。また、研究者が何よりも求めているのは、現在このサイトでは入手できない患者レベルのデータである。
International COVID-19 Data Research Alliance and Workbenchプラットフォームの一部としてビル&メリンダ・ゲイツ財団から得た新たな分析ツールを活用することで、COVID R&D アライアンスのメンバー他は、わずか7日間で、要約レベルの統計を目にすることができるであろう。また、他業界のコンソーシアムである、TransCelerate社のデータ共有プラットフォームにて、COVID-19の臨床試験による患者レベルの情報を得ることができるであろう。
COVID-19は、入院・通院記録や保険請求その他のソースから得られるリアルワールドデータの大きな変動をめぐる連携にも拍車をかけている。リアルワールドデータによって、まだ新しく理解が進んでいない疾患に関するアダプティブ臨床試験のデザインが可能となる。独自の分析による単独の活動では、どの研究チームも大量のデータの意味を理解することはできないであろう。しかし、協力体制をとることで、責務をわかりやすく分担し、分析結果を共有することができる。
COVID-19に苦しむ人々やその家族の観点から見ると、本稿の見解はあまりにも楽観的である。世界の研究界が新たな領域の開拓に向けて進む中でも、救えたかもしれない命を失ったことに心を痛めており、それは今日もなお続いている。
ウイルスは、動物やヒトのネットワークを利用する。アダプティブ研究のエコシステムによって、スピードや機動力、発展の活力でウイルスに対抗できるようになり、最終的には安全な世界を維持することができるであろう。