本日、タケダは創業239年を迎え、240年目に入ります。私が2014年にタケダ初の外国人社長として就任した際、日本のトップ製薬企業をグローバル企業に変革するという使命を受けていました。この大きな使命を担うことは名誉であり、また同時に大きな責任を感じました。この挑戦は困難を伴うものでしたが、タケダが長きにわたって守り抜いてきた経営の基本精神、そしてそれを体現するためのバリュー(価値観)に基づく企業経営を積み重ねてきた強固な歴史があったことで、今日の軌道に乗せることができていると思います。この基盤があったからこそ、私たちは企業変革を促し、より強靭な世界トップ10のバイオ医薬品企業になることができたのです。しかし、どの企業変革においてもそうであるように、私たちはその過程で数々の学びを得ました。社長就任後6年を経過した節目に、この変革を通して学んだことや感じたことを皆さんにお伝えしたいと思います。
企業変革の際には、明確なバリュー(価値観)に基づき、企業文化を1つに統合することが極めて重要です。私は、タケダイズム(誠実:公正、正直、不屈)に表されるタケダ固有の企業文化に心から共感し、入社を決めました。私が常に持ち続けていた「患者さん中心(Patient)、社会との信頼関係構築(Trust)、レピュテーションの向上(Reputation)、事業の発展(Business)」の順に優先するという考え方は、まさにタケダイズムと合致するものだったからです。入社以来、従業員の皆さんと対話を重ねる中で、全ての方がタケダイムズを誇るべきバリュー(価値観)と考えていることに感銘を受けました。さらに世界のどこにいても、それを日々の業務で実践するために、わかりやすい考え方としてPatient-Trust-Reputation-Businessを皆さんに伝えたいと考えました。この考え方は、私たちがタケダイズムを通じてあらゆる行動において患者さんを中心に考えるための補完的なバリュー(価値観)として従業員の皆さんに受け入れていただいたと思います。また、この考え方は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響下での困難な時代に私たちが立ち向かう指針となりました。
タケダのバリュー(価値観)はまた、シャイアー社を統合した際に全社が一つになる力となりました。私たちは、新しくタケダに加わったメンバーが、統合後にタケダのバリュー(価値観)に基づく企業文化に適応できるよう、時間をかけて取り組みました。私は、タケダにとってバリュー(価値観)がいかに重要か、また、私たちがともに作り上げようとしている新しい会社で果たすべき役割を、全ての従業員の皆さんに理解していただくことが、自らに課された責務であると考えました。そこで、シャイアー社の買収が完了した数日後、新たに任命された250人のトップリーダーに、タケダ リーダーシップ カンファレンス(TLC)に参加してもらい、タケダの企業文化や、それを支えるバリュー(価値観)の重要性に関するディスカッションに多くの時間を費やしました。参加したリーダーは、TLCでのディスカッションを通じて、新たなタケダを共に築くうえでブレない軸を自分の中に持つことができたと思います。
タケダ エグゼクティブ チーム(TET)と社内のトップ300名のリーダーは、ロールモデルとして、日常業務の中でバリュー(価値観)に基づいた意思決定をどのように行うかについて、常に周囲に発信しています。また、バリュー アンバサダー(各事業所でタケダのバリューを浸透させる中心的な役割を担う従業員)のグローバルネットワークを構築して情報交換を促し、個々のレベルでバリュー(価値観)を行動へ落とし込むサポートを行っています。また、従業員がグローバル行動規準を遵守できるよう、支援しています。
リーダーは、メンバーがどの程度、組織変革に対して前向きなのか、適応能力を把握しておく必要があります。出発点と最終的なゴールを明確にできていれば、まず変革をドライブする適切なリーダーシップ チームを組織することができます。変革の着手は、社内のリーダーシップ層から始め、その次に多数の従業員を巻き込むのが効果的です。変革が少数の従業員にしか受け入れられない場合は、組織の体制を根本的に作り直したとしても、企業が変革したということにはなりません。
2014年に入社して最初の数カ月、私は従業員の皆さんとの対話に専念しました。タケダの変革に着手するにあたって、一人でも多くの社員と対話し、一人ひとりが自身に求められているマインドセットや行動をどれだけ理解しているか、知りたいと思ったからです。そのベースがあったからこそ、従業員の皆さんが進んで取り組むことのできる、実現可能かつストレッチなゴール設定をすることができたのだと思います。変革の実行に当たっては、うまく機能しているものはそのまま活用・強化し、そして変えるものはどうしても避けられないものだけに限定するよう、細心の注意を払いました。
例えば、日本の従業員の皆さんとの対話を通じて浮かび上がってきた日本におけるジェンダー ダイバーシティの課題に対しては、リーダー層や従業員の皆さんとさらなる対話を重ね、ともに意欲的かつ実現可能な目標を定め、包括的なプログラムを実行しました。その結果、現在、日本では5年前と比較して女性管理職が5倍に増加しました。また、当社では柔軟な働き方の浸透を推進してきており、この数年で従業員の大多数が在宅勤務できるようになっていたことが、COVID-19の危機管理上、大いに役立ちました。
逆に、研究開発体制については、タケダはすでに強固な研究開発体制を有していたため、シャイアー社の統合過程において既存の体制に影響がでないよう、注意深く統合作業を進めました。そして、希少疾患を重点疾患領域の1つ加えることで、これまでの体制を維持しながら、研究開発の柔軟性を高めました。
もうひとつの事例としては、血漿分画製剤(Plasma-Derived Therapy:PDT)事業の立ち上げがあります。この事業については、日本では長年にわたる日本製薬株式会社との協業を通じてもともと強みを持っていましたが、グローバル全体を見たときに、シャイアー社の強みとの相乗効果でさらに成功するために、どのような組織体制にすべきか深く検討しました。その結果、専任のチームとして新たにPDT ビジネスユニットを創設することが最適だと判断し、従業員の皆さんにもPDTビジネスユニット創設の背景や目的について丁寧に説明しました。
何を守り、何を変えるべきか。そして、実現可能な未来像を描き、一人でも多くの社員が変われる、変わりたいと思える環境そして企業文化を醸成できるかが変革の鍵になると思います。
製薬企業にとって研究開発(R&D)の組織は企業の心臓部といえます。私は、2015年に現在リサーチ&デベロップメントのプレジデントを務めるアンディー・プランプを当社に招きました。その当時、これからのR&Dは自社の研究開発だけに頼るのではなく、多様なパートナーと連携することにより革新性の高い医薬品を創出するパートナーシップモデルに注力することが欠かせないという考え方にお互い共鳴したことを覚えています。R&Dの変革に着手したとき、完了するには5~10年はかかるかもしれないと考えていましたし、それが痛みを伴うものであるとも理解していました。しかし、大規模な変革の開始には決して完璧なタイミングなどなく、私たちは、覚悟を決め、すぐに取り掛かることにしました。
私たちは、タケダの研究開発の在り方を根本から考え直しました。注力する疾患領域、パイプライン、インフラ、そしてグローバルな事業拠点の見直しです。私はアンディーと共に、実行への強い意志を持ち、なぜ変化が必要なのかについて、その理由を率直に伝えるコミュニケーションを行いました。疾患領域を絞り込み、能力を高め、新たな技術に優れたパートナーとパイプラインを再構築するプランを立て、実行しました。
変革を始めてから5年後の今、当社は低分子、遺伝子組換えタンパク、遺伝子治療、細胞治療、ワクチン、血漿分画製剤など、多様な創薬手法を用いたパイプラインを有しています。現在、ウェーブ1として、2024年度までに承認取得予定の12のベスト イン クラス/ファースト イン クラスの新規候補物質を含む、次世代の革新的な治療薬をお届けすることに注力しています。2025年度以降に向けては、ウェーブ 2 として、長期的な成長を維持し得る、約30の臨床試験段階もしくは早期開発段階の新規候補物質および次世代の創薬基盤技術を有しています。
これらは全て、私たちが描いてきたパートナーシップモデルが奏功し、良きパートナー候補であるとの評価が業界において高まり、科学を用いて革新性の高い治療薬を創出する能力を有することを認めてもらっているからだと考えます。すでに実施中の200以上のパートナーシップに加え、2019年だけでバイオベンチャーや大学などと新たに38の研究開発提携契約を締結したことも、それを実証する事例です。
当社の潰瘍性大腸炎治療薬ベドリズマブ(一般名、日本での製品名は「エンタイビオ」)は発売当初、グローバルでのピーク売上高は7億5,000万米ドルと見込まれていました。当時、タケダはプライマリケアにおけるビジネスが主体であり、炎症性腸疾患市場での経験がほとんどなかったため、売上見込みは保守的でした。
ベドリズマブは消化管選択的/非全身的治療薬として最初に市販された製品であり、炎症性腸疾患の患者さんや医療関係者が待ち望んでいたもの、すなわち安全性と有効性のニーズを満たすものでした。私たちは、自身が持っていた宝の原石に気づくのに時間がかかったのです。その後、直ちに戦略を変更し、発売時に第3選択薬と位置付けていたベドリズマブを第1選択薬に位置付けるべく、速やかに活動を展開しました。さらにこのアプローチを、強力なデータ構築推進によってサポートし、各国で大胆なリソースシフトを通じて加速しました。
また、自社の生物学的製剤に関連する能力を強化するための投資も行ってきました。ベドリズマブは、当社が革新性の高い治療薬の創出にフォーカスするきっかけとなった製品であり、当社初の真のグローバル製品として、現在グローバルに展開している製品のベンチマークとなりました。今日、ベドリズマブは当社のナンバーワン製品であり、ピーク売上高は40~50億米ドルという高い予測もあります。当初の当社見込みとはいくぶん(!)異なりますね。
この事例は、私たちがオープンなマインドセットを持ち、変化を恐れず、想定し得るリスクを取り、決定を下す際には思い切ったリソース配分を行わなければならないということを、常に思い出させてくれます。組織として成功体験を作り、それをみんなで分かち合うことは企業変革において大切なステップだと考えます。そして、これはまさに、私たちがウェーブ1の新規候補物質を発売する際の心構えでもあります。
タケダが2025年にあるべき姿を定めた「ビジョン2025」の策定と、経営の基本精神の再確認に取り組んだ際には、全社のあらゆる組織・レベルから約500名の従業員の皆さんに参画してもらいました。最初から従業員の皆さんに関与してもらうことは、その取り組みを成功させるために極めて重要な要因です。私たちが社外でプレゼンテーションする際には、常にタケダのパーパス(存在意義)とバリュー(価値観)を最初に紹介します。社内と社外のステークホルダーでストーリーを分けるのではなく、どちらにも1つの ストーリーを伝えていくことが大切なのです。
このような取り組みの成功には、組織全体にわたりリーダーシップの統一性が取れており、バリュー(価値観)がいかに事業の優先事項とリンクしているかについて常にコミュニケーションしていることが必要不可欠です。私たちは、社内外に1つのストーリーを伝えるための明確な戦略ロードマップを作成し、私がタウンホールミーティングで従業員の皆さんとお話しする際には必ず、長期目標に対する達成状況のアップデートから話を始めます。TETメンバーも同様のことを実践しており、タケダ全体の戦略に沿って、それぞれの管轄の中で優先して取り組むべき事項をメンバーに伝えています。
経営改革を実行する際には、必ず、なぜ改革が必要なのか、その改革が会社のパーパス(存在意義)やビジョンの実現とどのように繋がっているのかについて十分に説明する必要があります。私たちは、その説明のために、まず社内トップ300人のリーダーとディスカッションの場を持ち、その上で次に他の従業員の皆さんとディスカッションする、というアプローチを取ります。このアプローチにより、まずリーダーが状況を理解し、それぞれの業務における優先事項と改革の必要性や影響をリンクして考えることができるため、他のメンバーの理解をサポートすることができるようになります。最新の統合に関する従業員調査では、77%が「タケダの将来に対して自信を持っている」と回答し、80%が「タケダの成功に貢献していることを実感している」と回答したことを、とても喜ばしく思います。
最後に、タケダの変革をリードすることは、私のキャリアにおいて最大かつ最もやりがいのある挑戦のひとつです。私は、タケダが一つのグローバルカンパニーとして、世界中の人々の健康と医療の未来に貢献するという同じ目的のために同じ方向に進む、変革の力というものについて多くを学びました。これからも、この素晴らしい会社の成長とともに、社会のさらなる発展に寄与したいと思います。そして、さらに数多くの成功と学びを皆さんと共有したいと願っています。